初めての訪中(南京) と 芥川龍之介の河童 
平成20年08月04日
ほぼ晴れ今日の名古屋地方の天気
e0103711_2253142.jpg左は南京1日観光の宣伝であるが、この旅行社を利用したわけではない。
下は中山陵への階段である。392段もあるそうだ。よく登れた。21年前は若かった。
南京大虐殺記念館もあるが訪問しなかった。日本人として見るに耐えないと恐れた。
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e0103711_2254436.jpg孫文の墓がある。孫文は日本へ留学していたことがあって,その時“中山”(なかやま)という姓を名乗っていたことが中山陵の名の由来だという。
下は南京駅の近くの玄武湖公園の入り口にある玄武門である。
玄武湖は綺麗な湖である。湖内遊覧も出来るが、見るだけで満足した。

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連日の猛暑で避暑地を探した。身近では図書館が最適である。それで、調べるべき資料を持って出掛けた。しかし、直ぐに飽きてしまい、書棚の回りをぶらついた。そこで、有名な日本文学者の一生を記録したアルバムを見つけた。その中でも特に好きな芥川龍之介を見た。35才で服毒自殺するまでの波瀾万丈の人生が良く分かった。
e0103711_5255462.jpg彼の作品で強烈な印象を持っているのが、「河童」である。中学生か高校生の時に読んだか忘れたが、以下の部分である。
「河童の赤ちゃんが生まれてくるかどうかは自分で決めるのである」。もし、いやと言えば、お腹は縮んで、元通りになる。多分、芥川龍之介は自分の存在に悩んでいたのでしょう。それに私も若いときから共感していたことになる。
短編だから、図書館で再読した。若い時に読んだ記憶と異なる部分もあったが、改めて共感した。少子化対策が叫ばれているが、生まれてきて本当に幸せと喜べる世界になって欲しい。
河童については、motsuka0608さんが時々取り上げている。写真も借用した。芥川龍之介との関連は分からない。

e0103711_12391374.jpg現在の似顔絵(少し若く見えすぎ)、15才の写真を載せたので、最後に赤ちゃんの時である。生後何ヶ月か不明であるが、兄弟では長男として生まれた私のしかない。母親が大変に喜んでの写真である。後ろから支えている手が見える(ぼやけている)。優柔不断な私が河童のような質問にどのように答えるか分からない。優しかった母親も私が中学2年生のときに病死してしまった。残念ながら、親孝行が出来なかった。


おまけ:図書館で読んだ本はネット検索の結果、戯作:原田宗典と分かった。道理で、臍端末なる無線電話機とか識別番号などが出てくる。原作にはないはずである。
更に、ネット検索すると、全文が出てきた。これも原作とは違う気がする。
私の記憶は以下の如く。
河童の母親は妊娠すると、臍が出来、胎児は外界の様子をそこから観察するのである。それで生まれるかどうか判断するのである。その後で臍は無くなる。それで河童には蛙と同じように臍がない。
もし、これが原作になく、私の創作なら遅まきながら新進作家となり、芥川賞を狙う。

追記:パソコンで短編小説を読むのには、電子ブックが良い。本をめくる音までしてリアルである。
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by si-chans | 2008-08-04 05:53 | 中国編


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